有り難きこと。

こんばんは。レイです。

大阪でのNLP講座の最終日に、「有り難い」とは「ある(在る)ことが難しい=当然でないこと」だからこそ感謝の念を抱く、という話を受講生の皆さんにいたしました。

 

私は最近特にそう感じることが多くなりました。もう、自分の存在が「今ここにあること」自体、有り難いことなんですよね。

 

皆さんは改めて考えたことありますか?

 

またもや自分語りになってしまいますが、私の父は私が生まれる前からアルコール依存症でした。父は常に「自分が世間に認められない」ということに対して怒りをまき散らし、肝臓を壊し肝臓ガンで18年ほど前に亡くなりました。

 

子供の頃、家族で夕食を食べてニコニコしていた父がお酒が進んだとたん、ぐちぐち文句が始まり、やがて怒鳴り散らし、母を木刀で殴る場面が恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった・・・弟と二人で急いで2階に逃げ震えていました。

 

父がお酒を呑みだすと家のお金はすっからかん。今思うと母は母なりに手作りの洋服やご飯のおかずもやり繰りして頑張ってくれていたんだなあと感謝しています。当時はそんな母にも反抗してきつく当たってばかり。本当に親不孝な娘です。これは今もですが・・・

 

やがて思春期になり、父に反抗する術を身に付けた私は、自分の進学や就職、全てのことを自分で選択し、父の意見は聞き入れず、話もほとんどしませんでした。そしてとにかく実家から早く出たい一心で、父とは真逆のお酒が飲めず、体力と経済力があり、穏やかで包容力のあるパートナーと結婚をしたのです。自分が育った家庭とは真逆の穏やかな家庭を作りたくて・・・まあ、結局その家庭も自分で崩壊へと追い込んでしまったわけですが(笑)

 

そんな父が末期で病院に入院し数日であの世にいってしまった時は、ちょうど弟と二人で父を挟むように見守っていた時なんです。既に繰り返し打っていた痛み止めのモルヒネが効き意識がもうろうとしていた父が、手を伸ばしてきたので弟と二人で握りしめました。そのとたん、白目をむいてこと切れたのです。

 

衝撃でした。今まで祖母や祖父のお葬式には出たものの、まさに命が消えるその瞬間を目の前で見たことが。

 

その後、私は毎日毎日を刹那的に生きるようになりました。そう、一日一日を後悔しないように愛おしむのではなく、むしろ人生に執着が無くなり「どうせ人は死ぬんだから」とか、お金も湯水のように無駄なことへと消費し始めます。

「自分を男性に高く売るためのブランド品」「ただ呑んで騒ぐだけの飲み会」「欲求不満を満たすためのアイドルや韓流のおっかけ」などなど。結局そんな状態を何年も続けました。

 

と、ここまでがNLPに出会う前の私です。

 

そしてNLP心理学に出会ってから、初めて心から後悔しました。父は心から寂しかったのだと。娘である私にこそただただ自分の存在を認めて欲しくて、受容して承認して抱きしめて欲しかったのだと。私は(お酒を呑む)父が嫌いで、ハナから理解しあえないと決めつけていた。思い込んでいた。向き合わず逃げてばかりいた。

 

そしてようやく自分が父からあらゆるものを与えられていたんだと気付いたのです。私がこの世に存在するための、健康な身体を。知恵を。愛を。そして生きるために必要なあらゆることを。気付くのにずいぶん時間がかかったけれど、今はただただ「有り難いこと」に感謝の思いばかりです。

 

ふと今日はこんなこと書いてみたくなりました。

 

ブログを読んでくださっている人生に迷える皆さんにも「いままでの自分をぶった切る人生で一番のチャンス」と感じるものがきっとあらわれます。あらわれたら、迷わず進んでください。正直に。心のままに。

 

そうです。Go For It !

 

 

 

 

 

 

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